坂本鉄男 イタリア便り 閉ざされる僧院

 冬のアルプスで修道士とともに遭難者の救助にあたったセントバーナード犬の話は日本でも有名だろう。セントバーナードとはイタリア語のサン(聖)ベルナルドの英語読みだ。
 この聖人は、1000年代の中ごろ、アルプスの麓の北伊アオスタ市の聖職者であったとき、アルプス山脈を横切り中欧とイタリアを結ぶ交通路の一番の難所、現在スイスとの国境があるグラン・サン・ベルナルド峠の整備を命じられた。そこで、聖人はこの海抜2470メートルの峠に僧院兼旅人のための宿泊設備を建てたのである。
 セントバーナード犬は17世紀中頃から、この僧院の修道士たちに飼われ、吹雪の翌日に気付け用の強い酒の入った小さなたるを首に掛け、修道士と一緒に遭難者の救助をしていた犬のことである。僧院は豪雪のため毎年10月15日から翌年6月初めの約8カ月間は閉ざされてしまう。だが、今のようにトンネルが完成すると、この山道を越える旅行者はいなくなった。
 その代わり、ハイカーやスキー客の有料宿泊施設としてにぎわい、最盛期には修道士数十人、宿泊施設の従業員約100人を擁した。だが、最近では修道士の志願者自体が激減し、この千年近く続いた僧院にも後継者不足による閉鎖の運命が近づいているという。
坂本鉄男
(2月24日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)