昔、日本文学研究で名高いドナルド・キーン先生に「日本人のように、自国語で外国の古今の名作のほとんどを読める幸せな国民は他にはない」と教えられたことがある。
先日、版元の丸善出版から「イタリア文化事典」が届いた。東京の日伊協会(英正道会長)が監修して、協会の創立70周年とイタリア統一150年を記念して出版されたものだ。
900ページにおよぶ同書は、イタリアに関する日本初の百科事典のようなもので、340の項目を各分野の専門家約150人が解説している。私も編集委員の一人で数項目を担当した。
私はイタリア語の学習がまだ盛んでなかった時代に、卒業と同時に東京外国語大学で17年間教鞭(きょうべん)をとり、文法書を書き、辞書も編纂(へんさん)した。その後、国立ナポリ東洋大学の当時の学長に請われ、イタリアに移り、日本語・日本文化の普及に努めた。
現在は若手専門家が増えているが、彼らによる日本文法や辞書は出ていない。約30年前、伊財界の巨頭で世界文化賞顧問も務めた故アニエリ氏を会長に、私も
副会長の一人となって「伊日財団」を設立したが、日本への関心が低く成功したとはいえない。イタリアで「日本文化事典」が出るまでにはあと50年いや
100年を要するのではないか。
坂本鉄男
(2月5日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)