衣は僧を作らず-とは、見かけだけ繕っても人間の本当の中身はできないという意味のことわざである。日本人的な発想から生まれたもののように見えて、実は、もともと欧米のことわざから出たものである。
この2月初旬のこと。ローマの4大寺院のひとつであり、バチカン市国の治外法権に守られたサン・ジョバンニ・イン・ラテラーノ寺院で、このことわざが永遠の真理であることを証明するような事件が起きた。
その日の朝、9時半ごろだった。僧服を着た司祭にネクタイを締めた紳士という2人組が、この寺院の事務所の玄関口に現れた。
当日は、重要な儀式が行われ、参列者も多いことから、バチカン市国所属の門衛は疑うこともなく、通行を許した。2人組は、次の入り口の案内係の尼僧をも僧服でだまし、大きな建物の奥の奥にある寺院の会計事務所にたどり着いた。
2人組は素早く黒いサングラスと襟巻きで顔を隠すや、会計係に対してピストルを突きつけて、金庫の中にあった現金約10万ユーロ(約1230万円)を奪い、さらに会計係の両手両足を縛って裏口から逃走した。
人々はカトリック教の大寺院でカトリック教の僧服に欺かれたわけだ。これまでも発生してきたニセ警官による強盗事件と似たようなものである。
さて、衛星テレビで最近の政治資金報道に接するにつけ、今の日本に必要なのは、「議員バッジは選良を作らず」ということわざではないかと思う。
坂本鉄男
(2月14日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)
(2月14日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)