坂本鉄男 イタリア便り ヒダラ料理

イタリアには、南から北まで各地にそれぞれ“お国自慢”の干鱈(ひだら)料理がある。塩をまぶしてカラカラに干し上げた干鱈を、きれいな流水で3日くらいかけて戻すのはプロの仕事だ。家庭では食料品店や専門店で戻されて料理するばかりになった干鱈を購入するのだが、その揚げ物はクリスマスの食卓を飾る季節の一皿でもある。

 この干鱈、イタリア語で「バッカラ」とも呼ばれ、約500年の歴史を持つのだが、実は北欧ノルウェーなどからの輸入品である。

 ときは15世紀。あるベネチア貴族の貿易商が北欧を航海中に難破し漂着したノルウェーの沿岸で、地中海では取れないほど大きなタラを乾燥させ、大量に干鱈を生産している場面に出くわした。滋味深く、日持ちがし、値段も安い。貿易商は直ちに輸入を始めた。

 ビジネス環境にも恵まれた。キリスト教カトリックが16世紀半ばに開いたトレントの宗教会議では断食が定められた。信者が金曜日の肉食などを控える中で現れたのが安価な干鱈だ。

 イタリアやスペイン、ポルトガルといったカトリック大国の人々は途方に暮れないよう、腕によりをかけて新食材を使ったメニューの開発に取り組んだのは想像に難くない。その伝統がこんにちまで続いている。

坂本鉄男

(2020年12月15日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)