時計が1軒の家にいくつもある現在と違って、昔は洋の東西を問わず、お寺や教会の鐘の音は冠婚葬祭などの宗教的行事のみならず、時刻を知らせる役割も果たしていた。
日本の童謡「夕焼け小焼け」や、ミレーの名画「晩鐘」などは、寺や教会の鐘の音が子供や農民に遊びや仕事をやめて帰宅する時間が近づいたことを知らせていたことを示す代表的な童謡と絵画である。
ローマから東に約160キロのぺスカッセロリ村は 海抜約1千メートルの山地にあり避暑地として名高い。
この村に約1,100年前に創立された「聖ピエトロ・パオロ教会」の司祭アンドレア・フォリオ神父は、村の少子高齢化で教会の鐘が葬式ばかりに鳴るのにうんざりして一計を案じた。「村民の諸君、特に若い女性の皆さん、今度から赤ちゃんが生まれるたびに赤ちゃんの100歳までの長寿を祈り教会の鐘を100回鳴らすことにします」と。奇抜な案に村民は驚いたものの多くが賛成した。
イタリアの少子化は著しく、一昨年の老齢化による死者の数が63万4千人だったのに対し、新生児は44万8千人であった。
これではフォリオ神父が心配するごとく、教会の鐘はまさに「誰(た)がために鳴る」のか問いたくなる。
坂本鉄男
(2019年2月19日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)