去る10月末にイタリアを襲った強風と豪雨は全国に甚大な被害を及ぼしたが、特に北伊ベネト州のドロミーティ山系南部の被害はバイオリン製造者にとって致命的なものであった。
バイオリンは、1種類の木で作られるものではない。天才的バイオリン製作者、ストラディバリ(1644~1737年)をはじめ、17世紀から18世紀前半にかけて、北伊クレモナを中心に輩出されたバイオリン製作者が、優れた音響効果を生み出すために試行錯誤した結果、各部分に違った木材を使い、特殊なニスを塗ることで完成された。
表板は赤唐檜(あかとうひ)、裏板や側板は楓(かえで)といった具合に、部位によってその材料は違うのである。しかも、彼らは、その材料となる木材の産地にも注意を払った。
今回の台風で北伊では数百万本という樹木がなぎ倒され、その中にはストラディバリたちが表板に使うために山に登り自ら選んだ赤唐檜の林が多数含まれていた。
専門家によると、優れたバイオリンの材料となる赤唐檜は樹齢200年で年輪の密なものでなければならないらしい。
まさか、1丁が時価億円単位の名器の値段が上がることはないにしても、バイオリン演奏家にとっては痛手である。
坂本鉄男
(2018年11月20日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)