去る9月30日(土)16:30~19:00、青山教室 石川記念ルーム(201号室)において、第2回総合コース修了証授与式を行いました(参加者約40名)。
まずは、修了式に先立ち、日伊協会イタリア語講師アンドレア・フィオレッティ先生によるイタリア語特別セミナー『日本はどう《読まれてきた》のか?― イタリアにおける日本文学 ―』(同時通訳付)を開催いたしました。
比較文学、翻訳研究が専門のアンドレア先生は、ご自身でも樋口一葉の『にごりえ』『たけくらべ』のイタリアにおける初の翻訳を手がけていらっしゃいます。その経験と研究に基づき、イタリアにおいて日本文学がどのように紹介され、受け入れられてきたか、お話しいただきました。
冒頭で紹介されたのは、ローマ大学のマリア=テレサ・オルシ名誉教授が10年以上の歳月を費やし完成させた『源氏物語』の全訳 La storia di Genji(2012年)です。『源氏物語』のイタリア語訳については アーサー・ウェイリーの英語訳からの重訳が1957年に出版されていますが、日本語の原典に直接あたった翻訳はこれが初めてです。
セミナーではここで翻訳理論上の2つの概念「受容化」(addomesticamento)と「異質化」(estraniamento)が紹介されました。「受容化」とは、原文の<異文化的要素>を取り除き翻訳文の馴染みの良さを優先するもので、もう一方の「異質化」は原文の<異文化的要素>を可能な限り尊重する翻訳の方法です。アンドレア先生によれば、ウェイリー版の『源氏』が「受容化」に基づき、英語でもイタリア語でも読みやすく翻訳されたものであるのに対して、オルシ版では「異質化」の方略がとられているといいます。日本固有の文化や言葉が尊重され、原文に出来る限り忠実な翻訳がなされているというのです。ですからオルシ版には、読者の理解を助けるための注釈や言葉の解説も重要な要素となります。実際、オルシ版では注釈や解説にかなりのボリュームが割かれており、読者側にも異文化を理解するための努力が要求されることになります。
しかしながら、こうした議論は一般的に西洋言語からの翻訳について論じられてきたものです。東洋言語、特に日本語の場合は、その言語的文化的な特異性から、そもそも翻訳の困難性が異なるものであることを忘れてはなりません。この点について、イタリアにおける日本文学翻訳の第一人者であるジョルジョ・アミトラーノ氏は、「日本は翻訳できるのか?」(Si può tradurre il Giappone? )という形で問題を提起しています。
一般的に日本語は、西欧諸語とは異なり、特殊な言語だと考えられてきましたが、実際のところ、それは日本語だけではなくどの言語にも起こることではないかと言うのです。アミトラーノ氏によれば、しばしば日本語からの翻訳の難しさが強調されるのは、受け入れ側の日本文化に対する理解不足に起因するものなのです。実際、近年のマンガやアニメブームなどのおかげで、特に若い世代においては、日本文化への理解も深まってきているのはご存知のとおりです。アミトラーノ氏自身もまた、そう言う意味で、吉本ばななや村上春樹の翻訳を通して、イタリアにおける現代日本文学の普及に大きく貢献してこられました。
セミナーの中で考察された、アミトラーノ氏によるいくつかのイタリア語訳も非常に興味深いものでした。約60年前の英語からの重訳版と比較して紹介された、アミトラーノ氏による川端康成の『雪国』のイタリア語訳は、言葉だけでなく、『雪国』の世界観そのものも忠実に訳されており、まさに「異質化」に根ざした翻訳が実感できるものとなっています。また、アミトラーノ氏が世界に先駆けて翻訳し、イタリアでも大ベストセラーとなった吉本ばななの『キッチン』においては、「異質化」がさらに進化し、翻訳が原作を超えるものにまでなっていることが指摘されました。
セミナーではさらに、古くは『竹取物語』(1880年)から、上述の村上春樹や吉本ばななに至るまで、イタリアにおける日本文学受容の系譜が時代を追って説明されましたが、日伊協会プロ養成コースの受講生の皆さんによる流暢な同時通訳のおかげもあり、1時間という限られた時間の中で、非常にわかりやすくお話を聞くことが出来ました。
さて、セミナーの後は、いよいよ修了証書授与式です。高田和文副会長による挨拶の後、今期の対象者13名中、当日参加頂いた8名の方1人1人に修了書が手渡されました。修了生代表の真船千秋さんによるイタリア語のスピーチで会場は大いに盛り上がり、授与式は無事終了、イタリア語講師の先生方とともに記念撮影となりました。
授与式の後は、イタリア語講師の先生方と修了生、参加者のみなさんとの懇親会が行われ、カンパリやワイン片手に、様々な話題でおしゃべりが弾みました。
日伊協会では、今後も継続して修了証授与式を開催していきます。入門クラスから約7年もの間、総合コースに通い続けてくださった修了生の方々を始め、全受講生の皆様に、この場を借りて感謝申し上げるとともに、今後も、楽しくイタリア語を学べる環境作りに邁進していきたいと思います。