シリーズ第2回は、5月12日(金)に、慶應義塾大学非常勤講師の三森 のぞみ先生に、「レオナルド・ブルーニ」についてお話いただいた。(30名参加)。
イタリア・ルネサンスというと美術や建築にばかり目を奪われがちであるが、この大きな文化活動は人文主義の精神から発している。人文主義においては、古代ローマのキケロ―らに倣い、文法学、修辞学、歴史学、詩学、道徳哲学(倫理学)といった人文諸学問の研究を通じて、Humanitas(人間本性)を追求し、人間の基本をなすものとして「言語」が重視された。人文主義者は、古代の言語(ラテン語、ギリシャ語、後にはヘブライ語など)の熟達に努め、古典の写本収集を熱心に行い、古代の様々なテキストを文献学(Filologia)的に吟味し、原典の内容を歴史的に解釈し、それによって自らの学識や思想、道徳観などを育んだ。
レオナルド・ブルーニ(1370頃-1444年)は、アレッツォの出身で、初期の代表的な人文主義者である。ブルーニは、フィレンツェ都市政府書記官長として政治、外交の分野で精力的に働きつつ、近代歴史叙述の祖ともいわれる『フィレンツェ史』をはじめ多くの人文主義的著作を残し、アリストテレスの翻訳でも知られた人物である。
ブルーニの名は一般にはあまり馴染みがないかもしれないが、フィレンツェがまさにルネサンス揺籃の地となる時代の知のリーダーといえる人物である。同時代人のジョヴァンニ・ルチェッライの著作においてパッラ・ディ・ノフリ・ストロッツィ、コジモ・デ・メディチ、フィリッポ・ブルネッレスコと並んで当時の4人の著名な市民の一人に数えられている。
ブルーニが残した著作のうち「フィレンツェ史」がイタリア・ルネサンスにおける最初の、そしておそらくもっとも重要な歴史作品である。ローマ共和制末期の都市建設から1402年ミラノ公ジャン・ガレアッツォ・ヴィスコンティの死までのフィレンツェの歩みを論じた12巻からなる大著であり、都市エリート市民層の要請を受けて1415年頃に着手し晩年まで執筆をつづけた初のフィレンツェ正史である。ブルーニは、最初の人文主義者といわれるフランチェスコ・ペトラルカのフィレンツェにおける継承者であり、その歴史叙述はペトラルカの反スコラ的、反教義的、反権威的な精神を歴史叙述で展開したものである。すなわち歴史の独立(伝説、神学、道徳的な教えなどからの解放)、いわば歴史の「世俗化」を成し遂げた。中世コムーネ都市の伝統的なジョヴァンニ・ヴィッラーニの「年代記」に代わり、領域国家にふさわしい新たなフィレンツェ歴史像の創造を意図した。これは、正確な原題「フィレンツェのpopulusの歴史」にも表れているように、このpopulusには古代ローマのポプルスの持つ「国家」の意が重ねられており、題名そのものに領域国家フィレンツェの「国家」としての正統性の主張が読み取れる。そして「政治史」の成立として、後のマキァヴェッリとグイッチャルディーニに大きな影響を与えた。
今回のセミナーは、あまり馴染みのなかったレオナルド・ブルーニを取り上げ、イタリア・ルネサンスの基盤となった人文主義について詳しく論じていただいて、イタリア・ルネサンスの一番基本的なところの理解が進んだセミナーとなった。
<講師プロフィール>
三森 のぞみ(みつもり のぞみ)
慶應義塾大学非常勤講師。イタリア中世史専攻。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。イタリア政府給費留学生としてフィレンツェ大学に留学。共著として『イタリア都市社会史入門』(昭和堂)、訳書にキアーラ・フルゴーニ『アッシジのフランチェスコ ひとりの人間の生涯』(白水社)などがある。
(山田記)