スリやひったくりは技術や脚力が武器で、特段力を必要としない。だが、世の中には力がなければできない泥棒稼業もある。
日本にはかつて、食糧不足の時代に「米泥棒」が存在したが、1俵は60キロだったから、今の泥棒はとても盗んで走れないだろう。
最近イタリアでは、米泥棒ならぬ「チーズ泥棒」があちこちに出没し、酪農業者を悩ませている。夜間にトラックで乗り付け、倉庫に保管しているパルミジャーノの「フォルマ」を大量に盗んでいくのだ。
パルミジャーノは、日本の店ではたいてい、小さな塊に切ったものや粉状にすり下ろしたものしか見られないが、でき上がったばかりのパルミジャーノは大きな石臼形だ。これがイタリア語で「フォルマ」と呼ばれる。
フォルマの重さは平均40キロだから、食事制限に気を使う最近の若いイタリア娘の平均体重の50キロに近い。
値段は卸値で1つ当たり350ユーロ(約4万円)程度。これが最近2年間に2万個以上盗まれたという。
特に狙われるのは、2年以上熟成させた比較的高価なもので、1つ約27キロ。トラックで逃げるとはいえ、大量に積み込むにもそれなりの力が必要だ。
坂本鉄男
(2017年2月5日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)