こんにちは。日本でもイタリアでも厳しい寒さが続いていますが、みなさんお元気ですか?
まだまだ冬真っ盛りですが、少しずつ日が長くなってきたのはささやかながら嬉しいですね。
さて、2017年度は、シエナの「コントラーダ」からインスピレーションを受けて、動物とイタリア語をテーマにしたお便りをお送りしていきたいと思います。本年最初のお便りは、酉年にちなんでオーカ( Oca )のコントラーダからガチョウにまつわるお話しです。
シエナのコントラーダとは?
コントラーダ contrada とは、シエナの町にある17つの区域のこと。これらのコントラーダは、パリオ祭の馬のレースで熾烈に競い合うことで有名です。
もともと、シエナの旧市街は3つの丘に沿うように発展してきました。それぞれの丘をもとに、町は「イ・テルツィ( i terzi )」と呼ばれる3つの区画( Terzo di Città 、 Terzo di San Martino 、 Terzo di Camollia )に分かれています。この3区画はさらに細分化され、17の区域に分かれます。この17つの区域こそが、ほかならぬコントラーダなのです。
各コントラーダにはシンボルとなる生物、モノ、現象があり、その名前がコントラーダ自身の名前になっています。長い歴史の中でさまざまな変遷を遂げ、現在のシエナには以下17のコントラーダが存在しています。
Aquila (ワシ)、Bruco (イモムシ)、Chiocciola (カタツムリ)、Civetta (フクロウ)、Drago (竜)、Giraffa (キリン)、Istrice (ヤマアラシ)、Leocorno (ユニコーン)、Lupa (雌オオカミ)、Nicchio (貝)、Oca (ガチョウ)、Onda (波)、Pantera (ヒョウ)、Selva (森)、Tartuca (カメ)、Torre (塔)、Valdimontone (雄羊)
大雑把な言い方をするとコントラーダはいわゆる「町内会」に似ていますが、各コントラーダはそれぞれ守護聖人を祀り、集会場、博物館、教会などを保有しています。その機能はシエナの人々の生活に深く大きな影響を与えています。
オーカ Nobile contrada dell’Oca
このようなコントラーダの中で、パリオ祭優勝の最多記録を持つのが「オーカ( Nobile contrada dell’Oca )」。白いガチョウを中央に据えた緑、白、赤の旗がトレードマークです。
コントラーダのシンボルである oca (ガチョウ)は、頭に王冠を戴き、首に水色のリボンでサヴォイア家の十字をかけています。
モットーは「 Clangit ad arma 」。「武器を持て、戦闘態勢につけ」といった意味で、「カンピドリオのガチョウ」というローマの古い伝承に由来しています。
古代ローマのエピソード「カンピドリオのガチョウ」
紀元前4世紀末、ローマはガリア人に占領されました。戦いを続けたローマ人は、最後の砦となったカンピドリオの丘に籠城します。カンピドリオの食料は底をつきはじめましたが、人々は女神ユノーの聖獣であったガチョウだけは食べずにいました。
そして、ついにガリア人がカンピドリオに攻め入ってくるという瞬間、1羽のガチョウが突如けたたましい鳴き声をあげます。
それに目を覚ました元執政官マルクス・マンリウスは現場に急行し、仲間とともにガリア人の侵入を防ぐことができたのです。
イタリア語の Oca ということば
さて、現代イタリア語の oca という言葉は、厳密には雁や鴨などカモ科の鳥の総称ですが、普段の会話ではガチョウのことを指します。
その語源はラテン語。「鳥」という意味の名詞 avis に縮小辞が付いて、 avica (小さい鳥)となり、さらに auca の形を経て、イタリア語の oca となりました。
ラテン語には、「ガチョウ」を意味するもっと古いことば anser がありました。こちらはインド・ヨーロッパ祖語の*hanserから派生していて、例えば英語のgoose も同じ語源に辿りつきます。現在のイタリア語では、 anserino という形容詞(医学用語)などにその形をとどめています。
また、イタリア語にはもう1つ「若いガチョウ」を意味する名詞 papero/ papera があります。ガチョウの鳴き声に由来する擬音語から生まれた名詞で、 縮小辞をつけて paperino とすると「小さなガチョウ」となり、最初の p を大文字にして Paperino (パペリーノ)と書くとディズニー・キャラクター「ドナルド・ダック」のイタリア名になります。
ガチョウ oca を用いた表現いろいろ
ガチョウは昔から人間に馴染みのある鳥なので、イタリア語には oca ということばを使った表現が色々あります。例えば、「 pelle d’oca 」と言えば「鳥肌」のこと(ちなみに、専門用語では先ほどのanserino という形容詞が用いられ「 cute anserina 」となります)。「 Quella storia mi fa venire la pelle d’oca! (あの話しには身の毛がよだつ!)」という具合に、寒さだけでなく恐怖からくる鳥肌のことも指します。
また、教養のかけらもないような表面的で傲慢な人(特に女性)を oca と表現したりします。「 Capisci meno di un’oca (君はガチョウ以下の理解力だな!)」とか、「 Che oca quella donna! (なんて浅はかな女なの!)」という感じで使われます。
ガチョウのうるさい声から「 gridare come un’oca (ガチョウのようにがなり立てる)」という表現もあります。さらにその様子を女性のおしゃべりになぞらえて、「 Due donne e un’oca fanno un mercato (女2人とガチョウがそろえば市場の喧騒)」といった諺もあります。中世のラテン語には、すでにこれに似た諺があったというのですから驚きです。
酉年は動きの大きい変化の年と言われます。鳥肌の立つようなポピュリズムの台頭が著しい昨今ですが、ガチョウのがなり声のように私たちを取り囲む post-verità (ポスト・トゥルース)に惑わされることなく、私たち一人ひとりが健全に前へ進める1年となりますように!
ダンテ・アリギエーリ シエナ
ヴァンジンネケン玲