日本のようにデパート、スーパー、喫茶店はもちろんのこと、新幹線でも広くて清潔なトイレが完備されている国は世界でもまれである。こうした国に住み慣れ、しかも外国人より小水の頻度が多いであろう日本人が、イタリアを旅行中にトイレが見つからずに困ることがよくある。
ローマで約40年前、この日本人の弱点を見抜き、立派なトイレを店内につくって日本人団体客を集め、大成功した革製品店があった。だが近年、フィレンツェの喫茶店業界が「バール(立ち飲み喫茶店)などは観光客にトイレを開放せよ」との市条例に反対し、行政裁判所から「自分の店の客だけに開放するのは当然」との判決を勝ち取り、物議をかもした。
今年の1月にはローマ中心部の古い建物が、1階に土産物店などを含む有料トイレをつくろうとしたが、建物の下に古代ローマの暴君で知られた皇帝ネロの遺跡があることから大反対にあい、計画は立ち消えになった。施設運営者は観光客用トイレの不足から思いついただけで、ネロ帝の遺跡に直接糞(ふん)尿を流すわけでもないのに…。
ポンペイなど古代ローマの都市遺跡には約2千年前の立派な公共トイレが残っている。現代のイタリアは文明的にむしろ退化していると思ってしまう。
坂本鉄男
(2016年11月13日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)