「なぜ山に登るの?」と聞かれ、著名な登山家の言葉をまねて「そこに山があるからだ」と答える人もいるようだ。「危険に備え、万全の用意をしているから登るのさ」と答えられないものだろうか。
登山は危険を伴うスポーツである。イタリアとフランス、スイス、オーストリアとの国境に連なるアルプス山脈とその支脈は、世界中の登山家の名所であるが、危険な高山も多い。危険が比較的少ない夏場でも、今年の7、8月の2カ月間で、遭難による死者が45人も出ている。
日本でも山登りが一種のブームになっているが、遭難しても、自衛隊や都道府県警察の救助隊がヘリコプターで救援に来てくれる、と安易に考える向きもあるらしい。
このため、軽々しい考えで山に登り遭難した者には、救出実費を請求すべきだと考える人もいる。実際、民間の救助隊を頼むと1人当たりの日当5万円以上、民間ヘリなら1時間約50万円という事例もあるそうで、莫大(ばくだい)な額になる。
イタリアでは州ごとに救助費用が若干異なり、例えばベネト州の場合は重傷者は最高自己負担額が7000ユーロ(約80万円)と決められている。
登山にも保険がある。登山家が「保険を掛けるのは常識」というふうにならないものか。
坂本鉄男
(2016年9月25日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)