Santa pace! いい加減にしてよ!

paceこんにちは。お盆も過ぎ、記録的な猛暑の続いたこの夏もそろそろ終わりに近づいてきました。急に涼しくなってきましたが、皆さん元気にお過ごしでしょうか?残りわずかとなった今月は、原爆の日や終戦記念日、各地で開かれる平和記念式典と、多くの日本人が過去の戦争や平和について強く思いをはせる月でした。今回はpace(平和)という美徳をキーワードにお便りしたいと思います。

今年度のお便りのフレームになっている14世紀のフレスコ画『Allegoria del Buon Governo(善政の寓意)』。そこには、シエナ共和国発展のために必要なさまざまな美徳が描かれていました。西洋文明の伝統にのっとって宗教的、哲学的な徳が多く描かれる中、ひときわ大きな存在感を示していたのが世俗的な徳ともいえるpaceの擬人化された姿です。当時のシエナでは、不要な戦争は町の繁栄を脅かすものであると捉えられていました。前回のお便りでも触れたイタリアの諺「La pace e la concordia hanno edificate tutte le città(平和と調和がすべての町を築いた)」の通り、ロレンツェッティのフレスコ画は「平和あってこそ真の繁栄がある」と、paceの重要性を強調していました。

 

eireneイタリア語で平和を意味するpaceという単語は、古代インド=ヨーロッパ語に遡る古い語源を持ち、ラテン語のpax(平和)という単語を経て生まれました。paceと同じ語幹*pak-、 *pag-からは、「契約」を意味するpatttoという単語なども派生しています。大文字でPaceとすると、ギリシア神話の女神エイレーネーにあたる平和の女神を表します。

平和を意味するpaceには、たくさんの成句や使い方があります。例えば、少し昔に使われていた「Pace e bene」や「La pace sia con voi」という別れの挨拶。もともとは「平穏無事でありますように」という意味がありました。現在のイタリアで日常的な挨拶としては使われませんが、宗教関係者の間で交わされる挨拶や若者がふざけて大げさにする挨拶として耳にすることがあります。一方、ケンカ中によく聞こえてくるのは「Lasciami in pace!(もう放っておいてよ!)」、「Santa pace! (もうたくさんだ!)」といった表現。また、「Dammi mille yen e siamo pace(千円くれたらそれでチャラだ)」といったように、トランプなどのゲームの引き分けや、友達同士の貸し借りがない状態のことを表したりもします。

bandiera-paceさて、平和を訴えるデモや集会などでよく掲げられる7色の平和の旗をご存知ですか?現在世界中で使われているこの旗は、実は1960年代にイタリアで生まれました。イギリス発祥のピースマークの旗に影響を受けて作られたと言われ、虹の7色は神様が約束した平和の証や多様性を認める統一を象徴しているとされています。配色はゲイパレードなどで使われる虹の旗とは上下逆さで、上から紫、青、水色、緑、黄色、オレンジ、赤となっています。イタリアでは2002年から飛躍的に知名度の上がった旗で、イラク戦争やアフガン紛争への参加に反対する市民運動『Pace da tutti i balconi(すべての窓に平和の旗を)』では100万を超える旗がイタリア中の窓に掲げられたと言われています。

churchill一方、日本で写真を撮るときにお馴染みのピースサインも、平和に強く結びついて普及した身振りです。もともとは大戦時にウィンストン・チャーチルやシャルル・ドゴールが勝利を意味して用いていたVサインが始まりだったと言われています。その後1960年代の反戦運動でVサインが多用され、勝利のほかにも反戦や平和の意味が込められたピースサインとして広まりました。日本では70~80年代にピースサインとして一般的に流行り始め、今では写真撮影時の定番のポーズになっています。

現在、私たち日本人はポップなピースサインに馴染みがあるだけでなく、世界にもまれな平和主義の法のもとに暮らしています。悲惨な戦争を経て制定された日本国憲法は、平和的生存権の保障と恒久平和主義を基本原理としています。昨今大きな注目を集めている憲法9条改正の動きは、私たちと平和との関係を大きく変える恐れのある由々しき一大事。平和の大切さを重ねて説いてきた東西の古人も、「Santa pace!」と嘆いているに違いありません。hiroshima

ダンテ・アリギエーリ・シエナ
ヴァンジンネケン 玲