日本から来た美術好きの友人と一緒に、ローマ中央駅に近いサンタ・マリア・デッラ・ビットリア教会にあるイタリアバロック芸術の巨匠ジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(1598~1680年)の傑作の一つ「アビラの聖女テレジアの法悦」を見に行った。
この大理石群像は教会の中央祭壇左手にある、ベネツィア貴族コロナーロ家の礼拝堂の中央にあり、聖女の自伝の中の、天使にやりで胸を貫かれた体験を描写したものとされる。雲のような白大理石の衣から出ている聖女の顔と足を眺め、彼は息をのんで言った。
「素晴らしい作品だ。だが、こんな神聖な場所で言うのもなんだが、聖女の顔の表情や衣から出ている素足は女性の喜びの瞬間を表しているのではないか」と。
そこでたしなめてやった。「そんな俗な言葉は使わず法悦というのだよ。だが、君の説にも一理ある。聖女は、天使がやりを引き抜いた瞬間の状態を“耐え難い苦痛と同時にやめてほしくないような甘美さを感じた”と書いている。また、著名なフランスの精神分析学者ジャック・ラカンもこれは女性の性的絶頂感を表していると言ったからね」
すると、この不信心者の友人は言った。「こんな芸術作品に囲まれて禁欲生活を送る聖職者は大変だ」と。
坂本鉄男
(2015年7月26日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)