6月19日(金)18:30~20:00、『古代ローマの皇帝たちとそのイメージ』シリーズ第4回が開講され、参加者は25名でした。
ローマ皇帝の像は、しばしば馬像と共にモニュメントにあらわされた。この回では、凱旋行進や戦場場面において、皇帝の権威付けやプロパガンダのため、馬の表現がどれほど大きな役割を果たしているかについてお話をお聞きした。
まずなぜ馬に注目するかをより深く理解するために、当時の社会的背景、例えば古代ローマ社会において馬が担った多くの重要な役割(移動、戦争、動力、荷役、情報伝達、”パンとサーカス(キルクス)”、動産としての価値、愛玩動物、狩や戦争の伴侶など)が紹介された。碑文から戦車競走への人々の熱狂ぶりが伝わってくる。加えて、皇帝と馬のエピソードや、碑文やモザイクに記された馬名の史料(預言者、農夫、神祇官、弁護士、漁師、裁判官など所有者の職業名・身分が馬名としてつけられた。) から馬が当時の社会に不可欠な存在であったことが述べられた。
次に馬と共にあらわされた皇帝のイメージについて実際の作品に即して考察された。《トラヤヌス帝記念柱》においては皇帝の馬を中心にローマ騎兵の馬と蛮族ダキア兵の馬を描き分ける精妙さに驚く。《ティトゥス帝凱旋門》では凱旋行進の場面が、また、《コンスタンティヌス帝凱旋門》においては戦闘場面が描かれている。《マルクス・アウレリウス帝騎馬像》などに見る騎馬像の馬の形とスペイン乗馬学校などで見る実際の馬の動きには矛盾があるものの、やはり騎馬像は馬の首を立てて凱旋行進する姿が理想の形であり、戦車や騎乗での凱旋行進の無くなった19世紀の騎馬像にあっても、なお古代ローマの騎馬像が手本であった。歴代皇帝のコイン図像においても戦闘タイプと凱旋行進タイプがあり、いずれも人々が頻繁に手の上で目にすることによって、皇帝蔵のイメージがより強く伝えられることとなった。
皇帝像を馬とともにあらわすことでより強くイメージが伝えられる。動物の中でも馬は特別の存在であり、権威付け→プロパガンダとしては最高の効果を発揮した。また凱旋行進は最高の名誉の一つであり、凱旋門は4頭立て凱旋戦車+台座で成り立っていることに注目すべきである(現在残っている凱旋門は実は台座であり、肝心の凱旋戦車の像が欠けてしまっている)。
講師はさらに個人的な見解として、御す者と御される馬の関係を、皇帝とその治世下に暮らす市民のイメージになぞらえておられる。実際に乗馬を趣味とされる講師だからこそ到達された見解であり、卓見だと思う。(山田記)
講師紹介:■中西 麻澄(なかにし ますみ)
東京大学大学院総合文化研究科学術研究員。東京藝術大学ほか非常勤講師。『古代ローマ社会における馬―モニュメント、美術作品から読み解くローマ人の馬へのまなざし―』にて博士号(学術/東京大学)。専門は美術史。趣味の乗馬を契機に、現在は馬の美術表現を研究している。