坂本鉄男 イタリア便り 思わぬ遺失物

 日本で電車内の遺失物といえば、まず思いつくのは傘だろう。しかし、国際列車が多いイタリアでは、思いもかけないものが取り残されている可能性がある。

 シチリア島のシラクサに住む元職工は、約40年前にトリノで働いていたときに国鉄の遺失物競売で2枚の油絵を安価で購入し、自宅の台所に飾ってきた。

 だが最近、大学生の息子が美術の本を開いたら、どうも自分の家にある絵の一つがゴーギャンの所在不明の絵に似ていることに気がついた。

 つてをたどって、国防省所属警察軍の美術品特別捜査班の鑑定を受けたところ、まさしく、44年前に英国で盗難にあったゴーギャンの静物画だと判明した。

 特捜班の追跡調査で、英国の元デパート王の一族が購入し、盗まれたものだったことが分かった。絵をトランクに入れて運搬していた泥棒の一味は、パリ発トリノ行きの国際列車に乗車したが、車内で検問中の警官の姿に驚いたか何かの理由で、そのまま置き去りにしたらしい。

 英国の捜査当局に問い合わせた結果、元の所有者は既に死去しており遺産相続人もいないらしい。時価はなんと2千万ユーロ(約28億円)以上とも評価されるこのゴーギャン。発見した大学生たちの学費を支援する基金にでもなるといいのだが。

坂本鉄男

(2014年5月11日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)