最近の日本では、ティラミスはあまりにも一般化し、種類も多くなり過ぎて、この菓子がイタリア生まれであることも忘れられがちだ。定説では、1970年代に北部トレビーゾ市のレストランの女性店主が考案したことになっている。
以前、私もそのレストランでデザートに食べたが、「元祖」と自慢するほどの味ではないし、店の記事を掲載した日本の雑誌をたくさん持ってこられて閉口した経験がある。
さて、今は郷土名物の宣伝時代である。トレビーゾ市を含むベネト州の知事が昨年、このレストランのティラミスを州の「保証付き地域特産品」に指定すべきだと言い出した。「保証付き地域特産品」とは、地域の特産農業品関連の伝統的な食べ物を推薦するため、欧州連合(EU)が定めた制度だ。イタリアではこれまで、ピッツア・ナポレターナ(ナポリ式ピザ)が指定を受けている。
ところが、この発言に、北部フリウリ州の小さな町のレストランの96歳になる女性店主が抗議した。「ばかなことを言うな。あれは私が50年代に考え出した菓子だよ」というのだ。
世界中に広まり、作り方から味まで千差万別になったティラミスの家元争いなど、いまさら無駄な骨折りだと思うのだが。
坂本鉄男
(2014年3月2日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)