坂本鉄男 イタリア便り 五十嵐喜芳氏の思い出

 9月23日に83歳で急逝された日本を代表する名テノール、五十嵐喜芳(きよし)氏のお別れ会が11月30日、東京・九段のイタリア文化会館で開かれるとの通知を頂いた。藤原歌劇団総監督や新国立劇場オペラ芸術監督、昭和音楽大学長を歴任し、日本のオペラ界の充実に力を注いだのみならず、日伊音楽協会会長として文化交流に尽くされた功績は大きい。長年の家族ぐるみの親しい友であった同氏への思い出はつきることがない。

 藤原歌劇団総監督時代には「『椿姫』や『蝶々夫人』、『カルメン』をやっていれば、採算は合うかもしれないが、日本にたくさんの素晴らしいイタリアオペラがあることを知らせるのが大切だ。日本人歌手を育てなければ」と力説していた。毎年のようにイタリア各地の劇場を回り、歌手、監督、演出家に会って日本に持って行く作品を選び、日本人歌手の発掘に努力していた。

 五十嵐氏は健康管理に厳しく、ある夏の早朝、ロッシーニ・フェスティバル開催中のペーザロ市で、無精者の私を人けのない海に連れ出し、腰まで漬かって、海中散歩の効力を伝授してくれたこともある。気配りの細かい同氏はある年の大みそか、東京からお節料理を携えてわが家の夕食に飛び入りしたこともあった。親しい友が減ることは悲しいことだ。

坂本鉄男
(11月27日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)