坂本鉄男 イタリア便り 羊の恵み「ペコリーノ」

 ナシのうまい季節である。イタリアではナシといえば洋ナシのこと。このナシのうまさを例えるものに「農民にチーズとナシを一緒に食べるうまさを知らせるな」という封建時代じみたことわざがある。

 甘いナシと塩味の利いたチーズは「ようかんとおせんべい」みたいに味の取り合わせがよいからだ。私は毎朝ナシとチーズを食べるのだが、チーズは牛乳から採れるものではなく羊乳からのペコリーノである。

 日本人の多くはチーズといえば、牛乳から採れるものと思っているが、羊乳からでもヤギの乳からでも作られ、牛・水牛・羊・ヤギのチーズを総合すると、イタリアだけでも500種類以上ある。

 ローマ建国の祖とされる双子のロモロとレモが羊飼いであったように、衣類用の羊毛が採れ、肉は食用になり、乳からは栄養豊富なチーズが採れる羊は古代からヨーロッパ人とは切っても切れない関係にあった。

 イタリア国内での羊の数は1千万匹を超える。羊乳チーズは総称して「ペコリーノ」(雌羊ぺーコラのチーズの意味)と呼ぶが、北伊アルプスの麓から、南のシチリア島まで各地にペコリーノは存在し、独特の風味を競い合っている。

 私の愛用するものはローマの東、アブルッツォ地方のペコリーノである。

坂本鉄男
(10月23日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)