坂本鉄男 イタリア便り 価値があってないもの

 世の中で「価値があってないもの」の一つは亡き人の骨つぼ・棺おけであろう。遺族にしてみればこの上なく大切であるが、他人にとってはもらっても一番困るものである。

 イタリアはあらゆる種類の奇抜な窃盗事件が起こる国だが、去る1月下旬、北伊の風光明媚(めいび)なマッジョーレ湖を望む寒村の墓地から、イタリアのテレビ番組でもっとも有名な司会者で一昨年9月に死去したマイク・ボンジョルノ氏(享年85)の棺おけが盗まれた。

 小型トラックを使い大の男が4人掛かりでなければ運べない棺おけの窃盗事件だけに、警察は「(死者にこの言葉が当てはまるか否かは別として)身代金目当て」として捜査しているが、今のところ犯人側からの要求はない。

 この種の盗難事件として有名なのは1978年スイスで起こった喜劇王、チャールズ・チャプリンの遺体盗難だが、15日後に発見され犯人も逮捕されている。イタリアでは87年北伊ラベンナの国際的穀物取引で有名だった人物の棺(ひつぎ)が盗まれ、遺族が100億リラ(約10億円)の犯人側の要求を拒否した結果、遺体は行方不明のままだ。また、2001年にはイタリア金融界の重鎮の棺が盗まれたがこれは発見されている。

 遺体を火葬にする日本では考えられない盗難事件である。

坂本鉄男
(2月6日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)