今週はイタリアに関係のない話で恐縮だが、日本で流行する院内感染に関し、150年も前にイグナーツ・フィリップ・ゼンメルワイス博士が発見した「手の洗浄」の大切さをお伝えしたい。
医療関係者以外にはあまり知られていない人物だが、ゼンメルワイス博士は1818年にハンガリーで生まれた。若くしてウィーンの総合病院の産科病棟に勤務する医師となった博士は、死亡率の高いことで有名だった産褥(さんじょく)熱患者の死因が、死体解剖を終えたばかりの医師・研究者の手に付着した病菌が媒介したものである可能性に気付いた。
47年、博士が同病棟に立ち入る医師全員にクロール石灰液で手を洗浄することを実行させた結果、前年に同病棟に入院した産婦約4千人の産褥熱による死亡率が11%であったものが、驚くなかれ5%に減少し、さらに翌年には1%に低下したのである。
博士のこの世紀の大発見は、医師仲間のねたみを買ったうえ、「それまでの医師の責任」問題にも触れるため、学会で受けいれられることなく、結局、精神的に弱り果てた博士は65年、不遇のうちに死去した。
多剤耐性菌の蔓延(まんえん)が懸念される今、医療関係者は原点に戻り、徹底的な「手の洗浄」から始めるべきではないか。
坂本鉄男
(9月19日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)