この話題は前にもお伝えしたが、時節にふさわしいので形を変えて繰り返させていただく。20年以上前、ナポリ東洋大学での講義中、1人の学生が突然、「先生、(日本では)5月5日はなぜ男の子だけの祭りなのですか」と質問した。とっさにからかい半分で「当たり前だろう。ナポレオンが死んだ日だもの」と答えたところ、質問した学生ら全員が神妙な顔をしてうなずいてしまった。慌てて端午の節句について説明したが、一体なぜ学生らは私のわなに簡単にハマったのか。
欧州を蹂躙(じゅうりん)し、各国の歴史と政治に重大な変化をもたらしたフランスのナポレオン・ボナパルト(1769~1821年)は1815年にワーテルローの戦いで連合軍に敗れ、南大西洋の孤島セントヘレナに流され、21年5月5日に孤独のうちに死んだ。
現在のような通信手段がない時代、絶海の孤島での大英雄の死が欧州にもたらされたのは約2カ月後だった。イタリアでは当時の詩人アレッサンドロ・マンゾーニが英雄の死を悼み、早速、「5月5日」と題した長編詩を発表した。
かつてイタリアの中学校では、授業で古典の名詩を暗唱させたので学生らはナポレオンの命日を知っていたのだろう。だから私のわなに掛かったのだ。日本でも古典の名詩を暗唱させてはいかがか。
坂本鉄男
(2019年5月14日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)