話は古く、今から2,000年ほど前の西暦79年に遡(さかのぼ)る。この年の8月に発生したイタリアのベスビオ火山の噴火で、ナポリ近郊にあった古代都市、ポンペイが完全に地中に埋もれた。人口2万人と推定される都市で、1割ほどの人が亡くなったという。
今年5月、その遺跡から、首のない男性の白骨遺体が発掘された。噴火による火砕流から逃げる途中で、頭部が巨石に打ち砕かれたとみられていたが、その後、遺体の近くで、口が大きく開いた頭部も見つかった。
噴火の被害状況を示す史料はこれまで、摂氏500度を超える高温の火砕流に包まれ死亡した犠牲者が灰に埋もれ、肉体が朽ちた跡にできた空洞に石灰を流し込んだ石膏(せっこう)像などに限られていた。発見された石膏像は1,000体以上にのぼる。
ところが、今回は白骨の状態で見つかった。調べた結果、男性は推定30代で結核性骨髄炎を患い歩行困難であったことも判明した。また、男性の死因は、猛スピードで斜面を駆け下りた火砕流に巻き込まれ、窒息死したとみられるという。
考古学者にとってこの上ない貴重な史料となろう。「虎は死して皮を残す、人は死して名を残す」ということわざがあるが、この男性は死して貴重な情報を後世に残した。
坂本鉄男
(2018年9月2日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)