「所変われば品変わる」のことわざ通り、イタリアがユネスコに無形文化遺産として申請を準備しているものは、およそ日本では想像できないものだ。イタリア各地の家畜の放牧地では、春と秋の年2回、牧草を求めて羊や牛を山地と平地の間で移動させる習慣がある。最近は100頭くらいの家畜なら専用トラックを使用するが1千頭以上になると歩きである。1千年以上前から続くといわれる家畜の大移動。これが無形文化遺産申請の対象だ。
現在でも、有名なものは中伊アブルッツォの山地とアドリア海沿岸の平地の間の羊の大移動で、数千頭の羊が馬に乗った大勢の牧童と牧羊犬に守られて、何日間もかけて山を越え谷を渡り目的地に向かう。数百年間、同じルートを通ってきただけに、山や林や草原の中に幅100メートル以上、長さ200キロもの自然の道が作られた。自然の障害で通行できないところでは村落まで出て一般道路を通ることもあるが、公道通過は昔から法的に認められてきたという。
現在、イタリア全国の羊の飼育頭数は約720万頭で、そのうち40%はサルデーニャ島で飼育されている。昔から貧しい山岳地帯の住民や経済的に遅れた地域の住民にとっては、羊乳で作るチーズや羊毛は生きるための最重要な産物なのである。
坂本鉄男
(2018年7月1日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)