本書は、大学生を射程に、教養としてのイタリア近現代史の入門テキストとして編纂された。リソルジメント運動による統一後、国民国家形成に苦慮し、ファシズムを経て戦後に至る過程を扱っている。政治経済の通史に加えて、建築、美術、映画などの芸術や鉄道、バザーリア精神保健改革など特色ある項目を含んでいる。写真や図表を多用し、説明の文章と関連付けて配置するよう工夫されている。
イタリア鉄道の歴史
①リソルジメント期 イタリアで初めて鉄道が開通したのは1839年で、両シチリア王国のナポリからポルティス間7キロをヴェスビオ号が10分足らずで走り切った。統一国家の不在が鉄道の発展を阻害し、また教皇国家では科学嫌いの教皇の下で「馬から鉄へ」の移行は牧畜や農業にとって痛手となるとして鉄道建設は進まなかった。
② 自由主義期 統一後は、カブールが「鉄道がイタリア人を作った。」と述べたように、鉄道建設が進み、人及び貨物の輸送を通じて交流が盛んになった。1865年の完全民営化、1885年の上下分離方式の採用、1905年の国有化、と制度面の整備が進んだ。また技術革新が進み、長大トンネルの建設、機関車の国産化、電気機関車の発展があった。
③ファシズム期 この時期に鉄道の電化が進み、また非ローカル線には「リットリーナ」の愛称を持つ気動車が投入された。巨大なミラノ中央駅もこの時期の産物である。
④共和政期 モータリゼーションに押され、ストライキも頻発した。この時期唯一の輝かしいニュースは前面展望席をそなえた「セッテベッロ号」が営業運転を開始したことぐらいである。1980年にはボローニャ中央駅爆破事件が起こっている。現在、イタリアでは高速鉄道網や新交通システムの整備が進められ、鉄道ブームが再び到来している。都市の路面電車の復活もみられる。
著者からは、実際にイタリア各地の鉄道博物館を訪れ、自ら撮影された貴重な画像を提供していただいた。この180年間にイタリアの鉄道がどのような歴史を辿ってきたのかを見て、イタリア人がどのような考えを持ち、どのような生活を歩んできたのかを知ることにもつながる興味深いセミナーであった。
<講師プロフィール> 山手 昌樹(やまて まさき)
イタリア政府給費留学生としてトリノへ留学。上智大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程単位取得退学。上智大学特別研究員を経て、現在、日本女子大学文学部研究員。主な著書に『イタリア文化事典』(分担執筆)丸善出版、2011年。『歴史家の窓辺』(分担執筆)上智大学出版、2013年。「イタリア・ファシズムと移民」『日伊文化研究』52号、2014年。『世界地名大事典 第4~6巻:ヨーロッパ・ロシアI~III』(分担執筆)朝倉書店、2016年などがある。
(付記)たまたま坂本鉄男先生が日伊協会のHPに「蒸気機関車の発明が生んだ新たな悲劇…後を絶たない鉄道自殺」というブログを投稿していただいている。
1972年に日本で初めて鉄道が敷設された日が10月14日で「鉄道の日」となっている。またその2年後10月11日に日本で初めての鉄道脱線事故が新橋駅で起きており、このセミナーが開催された日は「鉄道安全確認の日」に指定されている。さらに事故がらみではセミナーで1944年に起きた「バルヴァーの鉄道事故」(600名の犠牲者を出した。)とそれを題材にしたミステリー小説「8017列車」が紹介された。鉄道をめぐる話題は尽きない。
(山田記)