残暑の厳しいときは入浴が一番である。浴槽の中で手足を伸ばしたとき、日本に生まれた幸福感を一番強く感じる瞬間ではないか。
古代ギリシャ人もローマ人も風呂が好きだった。このため、古代ギリシャでは客に風呂を所望され、断ることは大きな侮辱になったといわれる。カラカラ帝の大浴場で知られるように、ローマ皇帝たちは民衆の人気集めに大浴場を建設し、国外に植民都市を建設するときにも必ず大浴場を建てた。現在も各地の植民地跡にその名残がある。
そんなヨーロッパ人と風呂の縁が切れるのは、蛮族の侵入により水道施設や浴場が破壊されたことと、キリスト教文化による。教会は、体の清潔は精神的清浄を意味すると考える一方、裸体で浴槽につかっていることは肉欲にも繋がると否定的だった。中世の医学でも、入浴により皮膚の表面から水の悪い成分が体内に入ると信じられた。
ローマの貴族出身で、わずか13歳で殉教したと伝えられる聖女アグネスは、一度も入浴したことがないといわれる。フランス王ルイ14世は約70年の在位中1回風呂に入っただけであった。貴婦人たちも同様で、風呂に入る代わりに下着を絶えず替え、体臭を隠すため香水をふりかけていた。
湯浴(ゆあ)み好きだった日本女性の方がずっと清潔であったのである。
坂本鉄男
(2017年9月17日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)