古くから鯨の肉を食べてきた日本人と違い、鯨と関わりのない国民、とりわけ山間部の地域住民にとって鯨の化石など全く興味がないらしい。
奇妙な屋根を持つ石積みの家が並ぶ街アルベロベッロと並び、南イタリアの日本人観光客が必ず訪れるのが、谷の岩場の斜面を掘った「洞窟住居」で知られるマテーラだ。
2006年の夏、マテーラから数キロの人工湖付近で農民夫婦が推定180万年前の鯨の化石を発見した。脊柱12個、脇腹の骨や顎など多数が見つかり、全長は世界最大級の25メートルに及ぶという大発見だった。しかし、その後10年間箱詰めにされ、詳しい調査が行われないまま放置されてきた。
一方、発見者の農民は、「貴重な品物を掘り当てた場合、その価値の半分の報奨金が与えられる」と聞いていたので、しびれを切らし弁護士を立てて国を訴えた。この結果判明したのは、予算不足でこの貴重な化石を放置してきた事実だった。
マテーラは、世界遺産に指定される洞窟住居で観光客を集め、19年には一年間にわたり集中的に各種の文化行事を展開する「欧州文化首都」にも指定されている。欧州を代表する文化都市だというのに、「世紀の大発見」といわれる化石に目を向けないのは不思議でならない。
坂本鉄男
(2017年8月20日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)