『Viva! 公務員』を楽しむためのセミナー「イタリア映画で笑うために」のご報告

 ヴィスコンティ、フェリーニ等、様々な名監督が、数々の名作を生み出してきたイタリア映画。毎年開催されるイタリア映画祭の中から特にセレクトされた三作品「Viva!イタリアvol.3」の一般公開に先駆けて、今回特に「イタリア映画の笑い」をテーマにセミナーが開催されました。イタリア映画といえば、夜が明けても話し足りないと言うほどの映画通、我が日伊協会イタリア語講座主任の押場靖志先生です。イタリア映画に関する博覧強記ぶり、トリビア満載の90分でした。

 今日のセミナーでは、今回上映される三作品『日々と雲ゆき』、『マフィアは夏にしか殺らない』そして『Viva! 公務員』のイタリア版予告編映像やポスターを使いながら、興味そそられる内容紹介をしていただきましたが、特に三作品の中でも『Viva! 公務員』については、かなり突っ込んだ解説と押場流の読み解きが展開されました。

『Viva! 公務員』という映画は、子供の頃からの夢をかなえ一生安泰の公務員となった主人公が、イタリアの行政改革(デルリオ改革)により早期退職か転勤かの選択を迫られ、数々の嫌がらせに受けるも屈せず、職にしがみつく男をケッコ・ザローネが快演している映画です。

この映画を読み解くキーフレーズの一端をちょっとご紹介します。

1)主演俳優ケッコ・ザローネの名前について。

 本名はルーカ・メディチで、ケッコ・ザローネは芸名。バーリ方言で「なんて田舎者だ」という意味の「ケ・コッザローネ」からきていること。そのザローネが実に多彩な引き出しを持った才人であること。最初は、イタリアで人気のテレビのモノマネ番組『ゼリグ』で成功して全国的に有名になったこと。セミナーでは、ラップ歌手ジョバノッティの歌を本人の前でモノマネしてみせるシーンや、モダン・クラシック・ピアニストのジョヴァンニ・アッレーヴィになりきって、見事ながらも笑えるピアノ演奏が披露されるシーンなどが紹介されました。

2)監督ジェンナーロ・ヌンツィアンテについて。

 ザローネを影で支える10歳超インテリで、ふたりの映画デビュー作『Cado dalle nubi (ぼく雲からおっこちてしまう)』(2009年、未公開)が、じつはナポリのコメディアンで『イル・ポスティーノ』で知られるマッシモ・トロイージのデビュー作『Ricomincio da tre(ぼくは3からやりなおすのさ)』(1981年、未公開)から発想されたものであること。トロイージのデビュー作では、主人公はナポリを離れてフィレンツェに行くのですが、ザローネはバーリを出てミラノに向かいます。南の人間が故郷を捨てて北に行くという形式を踏襲しながら、ヌンツィアンテとザローネは、トロイージの笑いをさらに前に進めようというわけです。

 そんなザローネとトロイージの共通点は、ふたりとも独特の風貌だということ。イタリア伝統のコンメディア・デッラルテ(仮面喜劇)ならば、マスケラ(仮面)をかぶって笑いを誘いますが、ザローネやトロイージなどは、生まれながらのマスケラをもっているコメディアンなのです。『ライフイズビューティフル』のロベルト・ベニーニもそうですね。ヌンツィアンテ監督は、そうしたマスケラをかぶったザローネの背後で、笑いの質に注意を払いながら、喜劇の脚本と演出を担当しています。それはちょうど、ロベルト・ベニーニの『ライフイズビューティフル』には、ヴィンチェンツォ・チェラーミという脚本家がいたことに似ているということです。

3)映画のタイトル『Quo vado? 』について:

『Viva! 公務員』は、イタリア映画祭2016で上映されたときは原題の「Quo vado?」に忠実に『オレはどこへ行く?』でした。このタイトルはラテン語の「Quo vadis, Domine?」というフレーズを連想させます。これは、ローマのネロの迫害を逃れてきたペトロの言葉「主よ何処に行かれるですか?」をもじったもので、公務員削減の犠牲なって数々の苦難に会う主人公が、「ぼくはどこに行くのだろう?」と言っているように聞こえるわけです。

こうして見ると、『Viva! 公務員』には、イタリアならではの社会模様と複雑な人間関係が描かれているようです。これらの様々な背景知識を踏まえて、本作品の面白さとは何か?を考えさせられる90分があっという間に過ぎてしまいました。

日本映画でいえば「男はつらいよ」のような映画でしょうか? 我々は時々、人生の不条理や運命の定めといった、独りではどうにもならないやりきれなく切ない思いをすることがあります。そんな時、映画のスクリーンの中で、不器用な生き方だけれど愛すべき寅さんがマドンナに出会い、憧れ、恋をするも最後は大学教授やお医者さんといったインテリゲンチャーにマドンナを取られたり、失恋するお馴染みのシーンは悲劇であり、滑稽でもあります。「それを言っちゃおしまいだ!」との捨てゼリフで旅にでてしまう寅さんの存在に、我々は一種のカタルシスを感じます。

悪人を見つけて滅ぼす、勧善懲悪だった90年代以降のイタリア映画が衰退し、『スターウォーズ』に代表されるハリウッド映画の後塵を拝していたのに対し、この映画は本当に面白い映画を作ろうとして、誰が悪いではなく、究極の笑いとして、最後は自分を笑うしかないとばかりのドジ振りを振りまいて我々を笑わせてくれます。

当日、セミナーにご参加くださった皆様には、日伊協会からカンパリやチンザノのアペリティーヴォやソフトドリンクが用意されました。 皆様、リラックスした雰囲気の中で楽しまれ、三作品について大いに興味をそそられ、さっそく劇場に足を運びたくなるような気持ちになったはずです。また別の映画が公開された祭には、押場先生のセミナーを企画してもらいたいと思いました。

ちなみに『Viva! 公務員』、『マフィアは夏にしか殺らない』の日本語字幕は、日伊協会イタリア語翻訳講座でお馴染みの関口英子先生が担当されています。