ミラノ国際博を訪ねて

富永 孝雄(日伊協会顧問)

ミラノ駐在経験者としては今年のミラノ国際博の見学は是非にと思っていたが、年初来の脚力低下で実現は到底無理と諦めていた。偶々、会期の終り近く、山田専務理事とご一緒にフィナーレの国際博を一瞥俯瞰する望外の機会に恵まれた。本国際博については既に多くの報道、紹介がされており、蛇足の憾みは拭い難いが、お許しを頂き、いくつかの印象を申し述べたい。先ず概観から始めよう。

  • ミラノ国際博の位置づけ

1851年の第1回ロンドン万博に始まる万国博時代に、ミラノでは初めての万国博が1906年に開催されている。今回のミラノ国際博(EXPO)は1928年の国際博覧会条約に基づき開催される登録博覧会(会期は6週間以上6ヶ月以内)である。最近の登録国際博、愛地球(愛知)博(2005年)、上海万博(2010年)と較べるとその規模は次の通りである。

・愛地球博   会場面積 174ha 入場者数 2200万人

・上海万博     “ ”  400ha “ ”    7308万人

・ミラノ国際博   “ ” 110ha “ ”    2150万人

入場者数では上海の3割で、愛知とは拮抗している。5月の開幕以来3ヶ月は300万人/月程度に止まっていたが、8月以降逐月増加し、10月には500万人を上回り、結局目標の2000万人を超えて終幕を迎えた。会場面積は上海の3割に満たず、愛知の6割に過ぎない。これはひとつには上海も愛知も会場は複数であるが、ミラノの場合は横長の単一の会場に集約されていることにもよる。従来ミラノ市内にあった国際見本市会場がミラノ市中心から10キロ北西のRHO(ロー)に移転しており、国際博会場の役割の一端を担っているのである。上海などと較べると一見小振りの様であるが、会場を貫く中央の大通り(DECUMANO)を挟む両側には各展示館が連なり、会場レイアウトはわかりやすく、アクセスには便利な感がある。国際博参加国は140にも及ぶが、小国のグループが入れる展示館を設けるなど、小国の立場への公平な配慮が窺える。

 

今回の国際博を貫く基軸テーマは「地球に食料を 生命にエネルギーを」(Nutrire il planeta Energia per la vita)である。国際博に先立ち、イタリア政府の要請に応えて各国の識者は、将来の地球の資源を持続的に活用し、食への権利の確立のために考慮すべき次の諸点を指摘した。

・持続可能な発展のための経済、生産モデルの追及

・水資源と生物の多様性にダメージを与えずに健康な食料を供給出来る農業とは?

・人口集中の都市間の不均衡を是正する技術と方策?

・栄養源としての食糧は同時に社会・文化のアイデンティテイーを具現するのでは?

こうした指摘を踏まえた国際的な幅広い討議の結果「ミラノ憲章」が起草され、「栄養失調、栄養不良、食糧ロスをなくすための戦い、天然資源への公正なアクセスの推進、生産過程における持続可能な管理の保証などの食料をめぐる挑戦に勝つため」の共同の行動の必要性を訴えた。国際博の参加国は、国連も含め憲章への署名、支持の表明と共に憲章の趣旨に沿った展示につとめている。

2.各国の展示館

終幕に近い各国の展示館への観客は軒並み長い行列、評判の高い館は1~2時間の待ちは普通で、最終日には日本館やカザフスタン館は7時間以上の待ちになるなど混雑の人波は続いた。好評といわれた展示館の駆け足の印象を記す。
・イタリア館

イタリア館のテーマは、人の能力や計画が伸びるように「育て上げる」こととされ、傍のイタリア広場の池中央の「生命の木」がその象徴となっている。

建物の外観は都会の森の如く、中央に広間、4つのブロックから成り、天井も高い。観光地や各地方の紹介も行き届いており、食のみならず、イタリア全体の積極的な紹介に取り組んでいる。

・日本館

日本館は入場者も200万人を超え、展示デザイン部門での金賞を受けるなど、評判は非常に高かった。

日本館のテーマは「調和ある多様性」で「健康」と「教育的なおもてなし」が基本となった。建物は伝統的な木材建築で、紫舟の書のパネルをはじめ、米作などの映像、食材パネル、最後には参加者が箸でパネルに触れながら和食についての情報を得るインタラクティヴな手法を取り入れた「未来のレストラン」など多彩なプログラムであった。日本食の提供は「美濃吉」の京懐石と4店参加のフ-ドコートでの天ぷらそばとカツカレーなど人気を集めた。

・ドイツ館

ドイツ館のテーマは国際博のテーマ実現のため,「アィディアの野」において積極的にアィディアを育てようとする。最初にアィディアの苗を育てる試みから、土壌、水、 気候変動、生物の多様性などの現状を探り、最後に蜂の世界から見て人間社会で育てた「野からのアイディア」をどう活用するのかと問うている。ドイツらしい理詰めのプレゼンテーションである。

・UAE 館

UAE(アラブ首長国連邦)は2020年の登録博覧会開催国と決まっている所から,館の規模も大きく、次回も踏まえた意欲的な取り組みである。テーマは「食糧は未来を創り、頒つ、思いのためにある」と未来へのチャレンジである。しかし現実の食糧問題、気候変化への対処は重要としていた。

・カザフスタン館

2017年にはアスタナで国際博(5年毎の登録博覧会の間を縫って開催される小型の認定博覧会(3週間以上3月内の会期))が開催されることもあり、評価は高かったが、見学の機会を逸した。

 

 

・中国館

国際博の自前の展示館としてははじめてである。人は自然と共にあるとの哲学の下、土地が人を養い、食が生命を支える人の感謝、尊敬、協力の態度をテーマとしている。中国農業の歴史と将来に向けての技術革新の現状を取り上げている。

 

3.国際機関、食品産業等

・ゼロの館(国際連合)

国際博西入口近くの大建築でまず正面のdivinus halitas terrae(地の息吹きは神のもの)が目につく。国際連合館のテーマは「『飢えをゼロ』を目指し、持続可能な世界のために団結しよう」である。2012年の国連の『飢えをゼロ』計画がベースとなり、女性の地位向上と両性の平等の達成を求めている。

木工の図書館風の建物の門から入ると、人の食を求める歴史が展開し、植物、家畜など生物の多様性、農業、牧畜の発展史、さらには廃棄食料問題にもふれている。国際連合はこの他、国際博内に「国連公園」「子供公園」「生物多様性公園」「未来の食料区」などを設けて連携して『飢えをゼロ』テーマの実現を図っている。

・スローフード館

国際博東口近くに蝸牛のマークのスローフード館がある。ファーストフードに抗して1987年イタリアに始まったこの運動は日本も含め世界に広がり、委員(convivia)は1500人、会員は10万人に達する。健康で高品質、環境に優しく、消費者も生産者も満足できる価格で食料を提供という難題を追求している。

 

 

・イタリアワインの館  産地毎のワインが展示されている。

 

4.クラスター(cluster)館

時間の関係で見学は出来なかったが、本国際博のテーマを踏まえた教育プロジェクトとして、主要な食料を含む9の分野についてのクラスター(専門館)が設けられている。米、ココアとチョコレート、コーヒー、果物と野菜,香辛料(spices)、穀類と塊茎(cereals and tubers)、地中海生物(Bio-Mediterraneum)、島嶼・海・食料、乾燥地帯(arid zones)の9分野である。学生を含む来訪者は1300万人に及んだとのことであった。

5.国際博の終了と今後

国際博閉会式は、10月31日、マッタレッラ共和国大統領、サラ国際博運営委員長、ピサピア・ミラノ市長、マルティナ農林大臣,マローニ・ロンバルディア州知事をはじめ関係者出席の下、会場中央の屋外劇場で行われた(一般観客は参加せず)。RAI Unoは、閉会式を完全中継した。マッタレッラ大統領は、6ヶ月間の会期を顧み、ミラノ憲章を初め今回得られた多くの成果はイタリアの一致団結した協力によることを強調された。5月1日の開会式当日、ミラノ市内では左翼学生、労働組合、イタリア各地方の急進主義者らのNO EXPO運動により、車の焼き打ちや逮捕者が出るなど騒乱が勃発し、その後、学生の博覧会見学の推進や各産業団体からの支援も得て次第に鎮静化した経緯がある。工事の遅延なども加わり、一時は国際博の先行きも憂慮されたことが関係者の胸中にあったと思われる。

また従来からの見本市会場に充てられる用地以外の博覧会跡地の利用については様々な議論がある様である。跡地の利用についてマルティナ農林大臣は国のシンボル的存在であるべきとした。国際博の運営はロンバルデイァ州、ミラノ市、国が分坦する体制で行われてきたが、跡地の利用についても変らないとみられる。ロンドンやパリの万博跡地のように公園や公共建築の用地にすべしとの意見や大学の研究施設に充てるべきとの考え方もある。またミラノの特性を考慮してデザインやファッションのセンターを創るべしとも、さらには農業やバイオ関連の施設とすべしとの主張も聞かれる。2016年中には結論も得られようが、跡地の半分は公園に、残り半分は大学や研究開発施設に活用するという案も有力とされている。

6.終わりに

今回のミラノ訪問は9年振りであった。国際博を前にミラノの市内も大分化粧直しをしたようである。中央駅も明るくなった。国際博訪問客が増えタクシーを拾うのも一苦労である。ただ地下鉄は新しい路線も出来て以前より便利な交通機関となった。ロー(RHO)までの路線や東のベルガモ近くまで伸びた新線で市外からの通勤事情は改善されたようである。晩秋の色濃いミラノの下町は昔と変らず、煤けた建物が多いが、路面電車には新型が登場している。EXPOに備え国鉄ガリバルデイ駅の周辺も再開発され、大廈高楼の街(Piazza Gae Aulenti)となった。近くには各部屋のベランダが一様に緑に覆われた高級住宅ビルも出現した。何よりも乗用車は一層小型化し、「500」(フィアット)クラスの車が増えた。日本とはむしろ逆の感じである。ただタクシーに日本車が多いのにも驚く。EU 統合後20年になるが、イタリアは段々EUカラーが強くなり、イタリアらしさが少し薄れているような気がする。グローバリゼションの成せる業かも知れない。

富永 孝雄(日伊協会顧問)