かつて日本には、「友愛」を口にしながら、母親から何億円もらっても貧しい人に施したという噂を全く聞かない政治家がいた。だが、隣人愛とは何も金を渡すか否かではない。個々人が自分のできる範囲で他人に善意を示すことだ。
コーヒー好きで知られるイタリア人は、以前は81%の人が1日に3杯のコーヒーを飲むといわれていた。この場合のコーヒーとは、バール(立ち飲みコーヒー店)で飲む香りの高いコーヒーのことだ。
だが、最近の消費税増税でバールのコーヒーも1杯1ユーロ(約140円)近くになり、貧しい人にはそう簡単に手を出せなくなった。
この点、ナポリで生まれた「カフェ・ソスペーゾ」(「手を付けるのを止めたコーヒー」の意)運動は、今では全国58軒のバールだけでなく、海外にも広まっている。
お金に余裕のある人が店員に2杯のコーヒーを注文し、1杯は手を付けずに残していく。店員も心得たもので、そのまま冷めたコーヒーを片隅に置いておく。その後、懐の寂しい人が来て小声で「カフェ・ソスペーゾはあるかい」と尋ねると、さっきのコーヒーが出てくるというわけだ。
隣人愛は、日常のほんの小さな行為でも示すことができるのである。
坂本鉄男
(2014年3月30日『産経新聞』外信コラム「イタリア便り」より、許可を得て転載)